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山口達也が語る、アルコール依存症の当事者支援のかたち
ゲスト:山口達也さん
2024.10.18
精神科医療における地域支援の未来について語るCROSS TALK。第二回は、TOKIOの元メンバーで、アルコール依存症の当事者として講演活動を行う山口達也さんが登場。セノーテ訪問看護ステーションの高田修治と対談し、当事者目線に立った依存症支援のあり方について語りました。
山口達也TATSUYA YAMAGUCHI
1972年生まれ。1988年10月ジャニーズ事務所入所。1994年9月TOKIOとしてデビュー。2018年5月ジャニーズ事務所退所。2022年 飲酒運転防止インストラクター資格、メンタル心理カウンセラー資格、依存症予防教育アドバイザー資格を取得。2023年3月株式会社山口達也を設立。
聞き手
高田修治SYUJI TAKADA
セノーテ訪問看護ステーション統括管理責任者。精神科認定看護師・思春期保健相談士。
目次
命の危機にもつながる依存症の恐ろしさ
高田修治(以下、高田):今回はアルコール依存症の当事者支援の知見を深めるために、「飲酒とアルコール依存症の関連性」をテーマにした講演を山口先生にお願いしました。全ての拠点スタッフが参加しやすいようオンライン開催にしたところ、関係者を含む600人以上が視聴する盛況となり、私も驚いています。
「セノーテ訪問看護ステーション」のご依頼により、
オンラインで講演させていただきましたとても大変なお仕事だと認識していますが、皆様の明るい表情に当事者としてとても励まされました
どうもありがとうございました! pic.twitter.com/NemwB5lmGn
— 山口達也 (@yamaguchi_inc) December 4, 2023
さて続く対談では、いくつかの質問を先生にお伺いしたいと思います。では早速一つ目の質問です。現在の体調はいかがですか?
山口達也(以下、山口):はい。飲酒が止まれば、まず一番初めに回復するのが健康であるわけで。本当に体調もいいですし、講演でもお話ししていた睡眠障害がいつの間にかなくなりました。以前は2・3時間ぐらいしか眠れなかったのですが、お酒を飲まなくてもスッと寝付けるようになり、体と心がバランスよく回復しているのを感じています。
高田:私は看護師なので肝臓の数値が気になります。入院中にそういった検査をされたと思うのですが、数値を覚えていらっしゃいますか?
山口:それこそ40歳ぐらいの頃は、肝機能の指標であるγ-GTPの数値が2000近くありました。
高田:γ-GTP検査値の男性基準値が50IU/l以下ですから、かなりの数字ですね。
山口:それくらい酒を飲んでいたのだから当然でしょう。当時は自分が肝炎になって肝臓癌になる寸前だとは夢にも思っていませんでした。ありがたいことに今は肝臓が綺麗になってきているようです。
高田:講演ではお酒を飲みながら仕事をされてた時期があったとお話しされていました。私は早朝報道番組の「ZIP!」や「DASH村」が好きでよくテレビを見ていたのですが、例えば仕事に行かれた時に、明らかに自分で二日酔いだと気づいたり、他の出演者から酒臭いと指摘されたことはありますか?
山口:はい。やっぱり酒臭いことは多分あったと思います。ですがアルコール依存症者ってコントロールが難しいとはいえ「明日やばいな」と思ったら、飲まないでおくこともできるんですね。なので私は時間を逆算して飲んでいました。
ただ、2022年に飲酒運転の防止インストラクターの資格を取らせていただいたのですが、そこでの勉強で、実際にこれくらいの量を飲んだら、これくらいの時間が経たないとお酒が抜けないということを学んで、当時の自分の状態を自覚しました。「全然俺、抜けてなかったじゃん」って。
高田:ご自身以外にも、アルコール依存症ではないかと周りに疑われているような方はいたのでしょうか?
山口:芸能界はお酒に対して緩い部分があって、アルコール依存症だということを隠されていたらわからないと思います。一般的に、アルコール依存症者の人は怒鳴ったり、暴力振るうイメージを持たれていると思います。でも決してそうじゃない。とはいえ、その可能性はあるんじゃないかという人はやっぱりいますよね。たくさんね。
飲酒に走る、不安や孤独を理解する
高田:山口先生の話を聞いて、アルコール依存症の定義は、我々看護師の教科書に載っている内容だけでは測れないのだなと感じました。ここで質問なのですが、山口先生が考えるアルコール依存症の定義を教えてください。
山口:いろいろなパターンがありますね。アルコール依存症者は我慢しようと思えばお酒を我慢できますし、毎日飲んでいてもアルコール依存症者じゃない人も山ほどいますから、なかなか区別をつけにくいんです。
ですが簡単にいうと、お酒をどれくらい飲んだかというよりは、飲んではいけない時に飲んでしまうのがアルコール依存症者の典型的パターンです。冠婚葬祭で「親戚の人もいるから今日は飲まないでね」と言われても、我慢できずに飲んでしまうとか。
また一番わかりやすいのが、私みたいにお酒を飲んでこれ以上落ちるところはない「底つき」を体験するようなケースですね。お酒を飲むアルコール依存症者は、遅かれ早かれ大なり小なり、必ず人に迷惑かけることをしでかします。
高田:アルコール依存症は教科書的には、単純酩酊や、複雑酩酊、病的酩酊と、酔った状態で分類されます。病的酩酊ともなると人に迷惑かけ、警察の厄介になったりするようです。
ですが正直な感想を言うと、私は山口先生の飲酒事故などの一連のニュースを福岡から見ていて、「山口達也はあんなに芸能界で成功しているのに、なぜこんなことを起こしてしまったのだろう」と疑問に思う部分がありました。
山口:芸能人も一般の方も、他人の目を意識して行動する感覚は同じです。ですがアルコール依存症になると、いわゆる酩酊状態になっている自分を意識できなくなるのですね。
飲酒運転の時の話をすると、自分がオートバイにまたがったという感覚もありませんでした。オートバイ事故の日の記憶は、実は3つしかないんですね。一つは、バイクでぶつかる直前の被害者の車のバンパーの色。もう一つが乗せられたパトカーの天井。最後の記憶が、スーツを着た背の高い男性が一生懸命話しかけている警察での事情聴取です。
何が怖いかというと、自分が芸能界を辞めていたとはいえ、顔や名前が知れている人間であるという感覚が吹っ飛んでいたことです。なぜそうなったかというと孤独です。引退からの2年間は昼間でもカーテンを閉めて、アルバイトをしながらひっそりと生きていたんですよね。人に会うのも怖かった。そこから壊れた行動をしてしまったのだと思います。
高田:山口先生は講演の中で「不安」というキーワードを繰り返し語られていました。飲酒に走るのは不安や孤独が原因だと。
改めて私もアルコール依存症の患者さんを看護するときは、飲酒の有無や酔った状態で評価するだけではなく、患者さんを孤独にしないように、抱かれている不安を解決するような看護をしなければいけないなと感じました。
自己肯定感を育むことが回復を助ける
高田:アルコール依存症の治療は、事故を起こした後に自ら病院に行かれて始められたのですか?
山口:そうですね。それまでも、酒を抜くためだけの入院はたくさんありました。ですがその時に初めて自分が怖くなり、知り合いに連絡をして「酒をやめられる病院を紹介してくれ」とお願いしたんです。その病院が「こういう支援の仕方があるんだな」と思う素晴らしい病院でした。
高田:神奈川にあるアルコール依存症の治療で有名なあの病院ではないかと思います。視聴している方も気づいたのではないでしょうか。
山口:そこの病院で年配の看護師さんから「来ると思った!治療に来れてよかったね」と朗らかに声をかけられて…ちょっとびっくりしました。聞けばニュースで飲酒運転事故を知り「山口達也はアルコール依存症に違いない」と話題にしてたというのですね。叱責や否定的な言葉をかけられることなく、ただ心配されていたことが伝わる対応に救われました。
高田:そこではどのような治療やリハビリを経験されましたか?
山口:この病院で学んだのが、自己肯定感がこの病気の治療には大事だということです。自分が頑張って断酒を続けていることに自信を持てると回復へとつながります。また自助グループでのリハビリが大きな力になりました。
高田:自助グループで得た、一番のものは何ですか?
山口:先ほどの講演でもお話ししましたが「変えられるものと、変えられないものをしっかり受け入れる」という言葉が大きかったです。自分が依存症であることを受け入れることが、治療のスタートラインなんです。
自分の力ではお酒をやめることができない。起こしてしまった過去も変えられない。その事実から目を背けず受け入れる。そのうえで変えられるのは未来の自分なのだから、「これからどうしていくんだい?」と自身に問いかけ、自分だけの答えを出す。そうやって自分だけの治療法を自分で探していくんです。
またそれを自助グループで、「自分は何をしてきて、何が起こって、これからどうしていくか」を人に話していくことが大切なんですね。
講演活動をするようになった今も、依存症に苦しんでいる人たちを助けるつもりで話をしているつもりが、実は自分自身が助けられていることに気づきます。こうやって人とお話しすることによって、気づけることがたくさんある。そうやって生きていくことを、病院や自助グループで教えてもらったのかなと。
高田:看護の現場にいるとアルコール依存症の患者さんから、断酒を決意すると友人関係が変わるという話をよく聞きます。山口先生はいかがでしたか? 許せる範囲で教えていただければ。
山口:アルコール依存症者って、何を差し置いてもお酒が自分の人生の中心なんです。お酒がなくなったら自分がなくなってしまうような感覚なんですね。でもお酒にしがみつくことをやめた今は、新しい生き方を教えてもらっているので、過去の飲み仲間には全く連絡を取っていません。
今の私には自助グループや医療関係や看護関係の人たちとの新しいコミュニティができています。だから今後の自分の人生において飲み仲間は必要ないと、完全に心を整理することができたんですね。
過去は変えられない。でもあのような過去があったから、新しい生き方ができるし、新しい仲間がどんどん増えている。今はそのことにとても感謝しています。
当事者と共に寄り添う支援のかたち
高田:最後に、この講演会や対談の視聴者には、アルコール依存症を克服したいと考える方や、アルコール依存症の支援について学びたい医療従事者の方が多く参加されています。彼らへのエールをお願いできますか。
山口:そうですね。まず今は依存症や精神疾患と診断されることで、本人が自分の傾向や病気であることを知ることができ、とても生きやすくなった部分があると思います。当事者はまずそれを受け入れることが大切だと思います。
そして支援する側の方は、当事者の気持ちに寄り添うことが大切です。「私が治してやる」ではなく「一緒にやっていこう、ゆっくりやろうね」と寄り添っていただくと、当事者もとても温かい気持ちになり、「自分もこの人のためにどう回復できるだろう」と前向きな気持ちになります。
支援者と当事者がそれぞれ「何かしてやろう」「何かしてくれ」という関係では上手くいきません。適切な距離で見守り、当事者が「ちょっと立ち上がってみようかな」となったときに、支援者の方がスッと肩を貸してあげると良いのではないでしょうか。
高田:アルコール依存症の治療には、待つしかない部分もたくさんありますし、時間も当然かかりますよね。ですがどうしても、支援する側は意気込んでしまうんですよ。真面目な看護師になればなるほどその傾向があるので、山口先生がおっしゃったことを理解しておかないといけないですね。私たちもまた明日から頑張れそうです。今日は大変貴重な勉強の機会になりました。ありがとうございます。
CROSS TALKではこれからも著名人との対談などを通して、こころの地域医療の大切さや、訪問看護事業による地域貢献について発信していきます。